遺産分割における使途不明金の取扱いについて
遺産分割の調停や審判において、ある相続人から「被相続人の財産を管理していた他の相続人が、勝手に被相続人の預貯金を引き出して使ってしまっている。そのため、本来よりも遺産が少なくなっているので、その分を戻して遺産分割をすべきである。」という主張がされることがあります。
これは、いわゆる「使途不明金」の問題です(使途不明の現金や、動産の持出しなども問題となることがありますが、ここでは預貯金に限定します)。
しかし、家庭裁判所における遺産分割の調停・審判は、現存している遺産を分ける手続です。
したがって、引き出した相続人が事実を認めて協議に応じるような場合は別として、すでに引き出されて現存しない使途不明金を遺産に戻すことはできません。
そこで、使途不明金の返還を求めようとする相続人は、遺産分割手続とは別に、簡易裁判所または地方裁判所に民事訴訟(不法行為に基づく損害賠償請求または不当利得の返還請求)を提起することになります。
この「使途不明金」の法律的な取扱いは、使途不明金が発生した事情によって異なります。
具体的には、
①相続人が被相続人のために引き出した場合、
②相続人が自分のために、被相続人の承諾を得て引き出した場合、
③相続人が自分のために、被相続人に無断で引き出した場合です。
1.相続人が被相続人のために引き出した場合
相続人が、被相続人から具体的に「預金を○○円だけ下ろして××を買ってきてほしい。」と頼まれたケースや、身体が不自由であるなどの理由で被相続人からキャッシュカードを預かっており、その都度断ることなく預貯金を引き出して日用品の購入や医療費の支払いなどに充てているケースが考えられます。
このような場合は、被相続人が自分で預貯金を引き出した場合と法律的には同じですから、遺産に戻す余地はありません。
もっとも、預貯金を引き出した相続人の側からすれば、使い込みを疑われて遺産分割協議や調停が紛糾することのないよう、領収証などを提示して使途を説明することが望ましいといえます。
実際に、東京地裁平成18年10月25日判決の事案では、被相続人の長男である被告が、認知症で介護施設に入所していた被相続人のために預金通帳を預かり、継続的に生活費などを引き出していたいたところ、被相続人の死後、原告が不当利得の返還を求めました。被告は、生活費以外にも被相続人の見舞いのための交通費や被相続人のために立て替えた費用の清算に充てたなどと主張しましたが、裁判所は、引き出された金銭のうち「使途不明」である部分については具体的な明細が明らかにされておらず証拠も存在しないと判断し、原告の請求が認容されています。
2.相続人が自分のために、被相続人の承諾を得て引き出した場合
被相続人の承諾がある引き出しは、相続人に対する生前贈与であることがほとんどです。
生前贈与に対する他の相続人の対応としては、遺産分割の調停・審判において特別受益の主張をして遺産を多く取得することや、遺留分減殺請求を行い一定額の返還を求めることが考えられます。これらについては、【生前贈与に対する対応方法について】をご覧ください。
3.相続人が自分のために、被相続人に無断で引き出した場合
これには、一部の相続人が、被相続人の生前に無断で預貯金を引き出してしまうケースだけでなく、被相続人の死亡後に引き出してしまうケースも含まれます。
このような預貯金の引出しには、何ら法律的な根拠がありません。そこで、他の相続人は、その法定相続分に応じて、預貯金を引き出した相続人に対して、民事訴訟において使途不明金の返還を求めることができます。
このような請求が認められるためには、まず、預貯金通帳に記載されている明細や金融機関から取り寄せた取引履歴に基づいて、引き出された金融機関の支店・日時・金額を調査・特定することが必要となります。
そのうえで、被相続人名義の通帳・印鑑の保管状況(被相続人自身が保管していたか、他人による持ち出しは可能な状況であったか)、被相続人の心身の状況(判断能力が衰えていなかったか、金融機関に行くだけの体力があったか)などの点が問題となります。その他にも、被相続人名義の預金口座から引き出しがされた当日に、同じ支店にある被告(相続人)名義の預金口座に入金がされたことを指摘して、被相続人名義の預金を被告が引き出したと認めた裁判例があります。