相続における葬儀費用の取り扱い
相続においては、財産だけでなく債務も相続人に引き継がれます。
ここでいう「債務」とは、原則として、相続開始時における被相続人の債務のことをいいます。
葬儀は被相続人の亡くなった後に執り行う場合がほとんどですから、被相続人が生前に契約していたような場合を除いて、その費用は相続開始後に生じた債務であるはずです。
また,債務が発生した時点で被相続人は生存していないため、被相続人の債務ということもできません。
そうすると、葬儀費用は誰が負担すべきであるのかということが問題となります。これは、遺産から葬儀費用を支払ってよいかという問題でもあります。
今までの家庭裁判所の審判や高等裁判所・地方裁判所の判決・決定は、大きく分けて2通りの判断をしています。
①相続人または相続財産の負担とする見解
東京高裁昭和30年9月5日決定や大阪高裁昭和49年9月17日決定は、葬儀費用は相続人の負担としていました。
この考え方に立った場合、法定相続人は、他の相続債務(被相続人名義の借金など)と同様に、法定相続分に従って当然に分割される葬儀費用を負担することになります。
そして、すでに葬祭業者などに対する支払いが済んでいる場合には、支払いをした者が立替払いをしたことになりますから、各相続人に対して、その負担割合に応じて請求をすることができます。
また、東京地裁平成24年5月29日判決は、葬儀費用は被相続人の死亡に伴って社会通念上必要とされる費用であることを理由に、相続財産から負担すべきとしています。相続債務は法定相続人が法定相続分に従って承継しますから、この考え方によれば、結局、相続人が葬儀費用を負担することになります。なお、この判決は、葬儀費用だけでなく、一定範囲の法要の費用も相続人の負担としている点に特色があります。
②喪主の負担とする見解
これに対して、東京地裁昭和61年1月28日判決は、原則として喪主、つまり実質的に葬式を主宰した者が負担するとしています。その理由として、葬儀費用は相続債務ではないこと、葬儀を実施するのが相続人であるとは限らないことを挙げています。神戸家裁平成11年4月30日審判なども同様の考え方を採用しています。
さらに、名古屋高裁平成24年3月29日判決は、葬儀費用のうち、通夜や告別式の費用は喪主が負担し、遺体の火葬や埋葬の費用は「祭祀承継者」が負担するのが原則であるとしています。その理由として、通夜や告別式にどれくらいの費用をかけて行うかは喪主の責任で決める事柄である以上は喪主が費用を負担すべきであること、また、遺骨の所有権は祭祀承継者に帰属する以上はその管理費用は祭祀承継者が負担すべきであることを挙げています。
(なお、祭祀承継者とは、お墓・位牌・仏壇などの「祭祀財産」を承継する者のことで、法的には相続人とは異なります。とはいえ、祭祀承継者は被相続人の指定や慣習などによって決定されるため、実際には相続人が祭祀承継者となることが通常です。)
これらの判決は、「葬儀費用が当然に相続人の負担となるものではない」という点では一致しています。とはいえ、相続人が葬儀費用を負担することを完全に否定しているわけではなく、相続人の合意によって調整する余地を認めています。
遺産分割の場面においてどのように対処したらいい?
このように、裁判所によって判断が分かれているところではありますが、葬儀費用が相続開始後に生じた債務であること、被相続人の債務ではないことから、最近では②の考え方が有力になってきています。少なくとも、「葬儀費用は遺産から支払うのが当然である」とは言えない状況にあります。
そうはいっても、いかなる場合にも葬儀費用を「遺産から支払っていけない」というわけではありません。
そもそも、遺産分割は相続人の協議によるものであり、話し合いによって自由に財産を分けることができます。したがって、相続人の話し合いで「遺産から葬儀費用を支払って、残った財産を相続人で分ける」ことにしても、問題はありません。
一方、喪主となった相続人との争いがあり、葬儀についても何の相談もなく行われた場合などは、②の考え方に基づいて進めていくことが考えられます。